【vol.139】家族の想いに触れる遺言書をデザインする
1.はじめまして
静岡県浜松市で弁護士をしています、長野修一と申します。
弁護士として、紛争を減らし、不安を抱えている人を前向きにすることを目指してきました。
弁護士になって早々、クックパッド株式会社の法務部で社内弁護士を経験し、そのとき、予防法務の大切さと、ユーザー目線のサービスについて学びました。
2.遺産分割紛争の特徴
その後、地元の浜松に戻り、相続の紛争事件を200件以上扱い、どうすれば当事者の目線で相続の紛争を予防できるのか、ずっと考えてきました。
遺産分割の紛争となる事件には、多くの共通項が見えてきました。
1)親に近かった相続人と、遠かった相続人がいる
2)不動産の評価が問題になる
3)親の介護の負担が偏っている
4)多額の使途不明金や生前贈与がある
ご存じのとおり、このような状況に対して、遺言書は絶大な紛争予防の効果があります。
3.遺言書が書かれない理由
そこで、まだ親が遺言書を書いていない方々にインタビューをしたところ、次のような声をいただきました。
・親に遺言書を書いてもらうなんて、考えたこともなかった。
・書いてもらいたいけれど、早く死んでとか、お金がほしいとか思われたくなくて、なかなか言い出せない。
子の世代から親の世代へ、遺言書を書いてほしいと伝えるのは、難しい実態が見えてきました。
一方、親世代にインタビューすると、
・自分はまだまだ元気だから、遺言書を書こうと思ったこともない。
・遺言書がなくても、兄弟姉妹でうまく話し合って分けてくれる。
・遺言書は、財産をたくさん持っている人が作るもの。
というご意見もあり、書いてもらうことは簡単ではありません。
遺言書がなかなか書かれないのは、それが
1)死を前提とした話であること
2)お金の話であること
3)書いてもらいたい人と、書く人が違うこと
4)書くきっかけがないこと
という、構造的に難しい問題を孕んでいるからです。
4.遺言書をきっかけに、家族の対話を促したい
ただ、親子で信頼ある率直なコミュニケーションがとれている家族であれば、子世代の背中を少し押すだけで、子から親へ遺言書の話ができることもわかってきました。
そこで私はワークショップで、子世代の方に、祖父母や両親から何を受け取ってきたのかを振り返り、感謝の気持ちを言葉にする「受取ノート」を書いてもらっています。
(令和8年4月の静岡県相続診断士会でも開催させていただきました。)

すると、「たくさんのご縁を受け取ってきた」「自分の存在そのものを受け取ってきた」など、感動の声をたくさんいただきます。
ある方は、書きながら「これ、本人に訊いてみたくなりました」と漏らし、後日、親と妹と旅行して、ゆっくり話したそうです。
遺言書も手紙も、まだありません。それでも、閉じていた対話が開きました。
多くの人が準備に踏み出せないのは、面倒だからでも、死を避けたいからでもなく、そういう対話をするという発想が、そもそも浮かばないだけなのだと思います。
「何を受け取りましたか」と問われて、はじめて扉に手がかかります。
その気持ちをもって、まずはご両親と、どんなことでもいいから、聴けなかったことを聴いてみよう、と促しています。
5.ラストレターの作成
そしてご両親には、遺言書だけでなく、ご自身の人生を振り返り、子世代に想いを託す「ラストレター」をご提案しています。
実際に、遺言書に一通の手紙が添えられた相続に、立ち会ったことがあります。分け方そのものは、特別なものではありませんでした。同じ形なら、亡くなったあとの話し合いでもたどり着けたかもしれません。それでも家族が受け取ったのは、財産ではなく、その手紙に綴られた想いでした。読んだご家族が、静かに涙を流されたのを覚えています。
手続きは、もめることなく終わりました。
けれど残ったのは、揉めずに済んだという安堵ではなく、「想いを受け取れた」というあたたかさでした。
争いがなかったから笑顔なのではありません。受け取るものがあったから、笑顔相続になる。私はこの一通から、そう教わりました。
財産を分ける前に、人として家族の対話を促し、人生を振り返り、想いを手渡していく。そんな相続の仕事ができればと願っています。














