【vol.44】トラブル転じて福となす
こんにちは。
さかい法律事務所の弁護士左海徳郎です。
今回のコラムでは甲さん(72歳女性)の事例を基にお話していきたいと思います。
事例
甲さんは5人の兄弟姉妹の次女で末っ子です。
姉のDさんは病弱でしたが、兄であるA、B、Cとは生前から疎遠であったため、妹である甲さんだけが物心両面でDさんを支えてこられました。
その後、Dさんは亡くられました。
Dさんの死から二年が過ぎたころ、これまで全く連絡のなかった甥姪であるE、F、G(A、B、Cの子)から突然遺産分割の調停を申し立てられ、驚いた甲さんが来所されました。
(プライバシー保護のため実際の事例を基に再構成しています。)
このようなトラブルは疎遠になってしまった親族間においては、とりわけ珍しいことではありません。
本件は、一年ほどの期間を要しましたが、最終的に相続人全員が納得のいく結論を得られました。
その過程は山あり谷ありでしたが、紙幅の関係がありますので、詳細はまた別の機会に譲りたいと思います。
本件でトラブル解決の経緯よりも特筆すべきことは、このトラブルの最中に甲さんがご自身の相続の準備をすべて終えられたことです。
来所時、甲さんはご自身の相続については、全く考えられたこともなく、何の準備もなされていませんでした。
しかし、本件の打ち合わせを重ねるうちに、相続の準備の必要性を実感され、私の相続セミナ―にまで参加されるなどして、積極的に相続の準備を始められました。
甲さんには子供はおらず、ご主人もすでに他界されています。
お話を聞いていくと、甲さんのご両親の資産は男兄弟(A、B、C)がすべてを承継し、女性である甲さんとDさんは他家に嫁いだということで一切承継させてもらえなかったということでした。
また、甲さんが現在所有している資産は、ご主人のご両親から引き継いだ事業によって、ご夫婦で築かれたものであることも分かりました。
甲さんとしては、本件における事情やこれまでの経緯もあり、ご自分側の甥姪(E、F、G)ではなく、亡夫側の甥姪(H、I)に資産を承継してもらいたいとのご希望をお持ちになっておられました。
そこで、甲さんの意思を反映した公正証書遺言を作成し、(資産のうち不動産の割合が高かったため)資産の組換えをするとともに、保険金などによる納税資金の準備も同時に行いました。
さらに、甲さんにはお子さんがおられないので、葬儀や将来のお墓の管理方法までを包括的に準備しました。
今回の事例における甲さんは、相続トラブルを契機にご自身の相続の準備の必要性を実感され、自ら熱心に包括的な準備をすることができた好例です。これは、不幸中の幸いであったと思っています。
終わりに
近年、マスメディアでは盛んに「争族」が喧伝されています。
しかし、多くの方々はそれを理解はしても、自らの問題としてとらえてはいないように感じます。
「争い」が起こることを当然かのようにお話してしまうと、客観的に相続の準備の必要性を理解はしても、多くの方々は「でも、うちの家族は仲がいいから大丈夫だよ」と主観的には相続の準備が不要であると考えてしまうからです。
私は、相続の準備とは家族・親族の「現状を維持するため」に必要なものであると考えています。
ご相談やセミナーにおいては、相続の準備をご自分の問題として実感していただけるように「皆さんが満足している『今』の仲が良い家族の現状をご自分の『死後』も維持するためには、生前に最低限やっておくべきことがあるのです」とお伝えしています。
不幸にも起こってしまったトラブルを解決すること以上に、相続の準備をしておくことの必要性について多くの方々にお伝えし、対応していくことが弁護士としての大切な役目であると考えています。
甲さんのように実体験から準備の必要性を実感できるのは稀なケースです。
どのようにお伝えをすれば、自らトラブルを経験されたことがない多くの方々に相続の準備の必要性をより主観的にとらえていただけるようになるかを考える毎日です。