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【vol.102】遺言書作成は意外と難しい?!「笑顔相続」のためには専門家が必要です!

1 ごあいさつ

みなさま,はじめまして。豊前総合法律事務所の弁護士西村幸太郎と申します。
弁護士がいない・少ない地域でのリーガルサービスの提供・司法アクセスの改善をライフワークとし,だれにでも必ず起こる「相続」分野に注力しながら弁護活動をしております。
(ある種即物的な)財産はいつかなくなってしまうものですが,人の強い想いは連綿と語り継がれ,残っていきます。たとえば,偉人の言葉,名言などが紹介されることも多いですが,あれだって,その方の人生,考え方,想いが連綿と受け継がれて残った結果ですよね。
「想い」を届け,「相」(すがた)を「続」けていく。専門家としての研鑽を積むことはもちろん,相談者の真の想いに寄り添い,形ある財産相続だけでなく,形のない想いの相続にも努めていきたいと,常々考えているところです。

2 忘れられぬ遺言紛争

「笑顔相続」を考えるにあたって,忘れられない事件があります。
ご主人を亡くされた奥様からのご相談です。ご主人と奥様は非常に深い愛情で結ばれていることが垣間見えました。
ご主人は,晩年,介護が必要な状態になってしまいましたので,奥様が一所懸命にご主人を支えておりました。その苦労や,並大抵のものではなかったと推測いたします。
そんなご主人ですから,遺される奥様のため,自筆の遺言書を作成しておりました。非常に達筆で,立派な遺言書を作成されており,感心したものです。その内容は,以下のとおり。

遺   言   書
被相続人名儀の土地、家屋、債券、及び全ての所有物を妻●●に遺贈する。
平成●年●月●日
氏名  ㊞

非常にシンプルですが,奥様を想いながら,心を込めて書いたものに違いありません。
一見,何の問題もない,また巷でよくありそうな遺言書に思われませんか。
しかし,誠に残念なことに,この遺言書が原因で相続紛争が生じてしまったのです。

⑴ 金融機関との紛争

私が依頼を受け,数千万円の預貯金につき,金融機関に払戻請求を行ったところ,金融機関からは,このように言われました。
預貯金債権は『物』ではありません。ですから,預貯金は,この遺言書の対象財産になっておりません。
他にも法定相続人がいるのに,この遺言書だけで奥様のみに払い戻すことはできません。払い戻すためには,法定相続人全員の署名押印をもらってきてください。」と。
そんな馬鹿な,と思われるかもしれません。しかし,実際に,粘り強く交渉しても払い戻してはくれませんでした。
この事案では法定相続人が複数名いましたが,その全員の署名押印をもらってこいというのでは,遺言書の意味がなきに等しいですよね。
金融機関としては,万が一にでも,他の法定相続人から,自己の相続分などを主張され,相続争いに巻き込まれないようにするための防御策だったのだとは思いますが,釈然としない思いを抱えたまま,何とか打開策を探るしかありませんでした。

やむを得ず,金融機関相手に訴訟提起して解決する方法を採りました。
裁判所に遺言の解釈として「預貯金債権も含め妻が包括的に承継した」認めてもらったうえで,判決を得て払戻しをするに至ったのです。
訴訟告知という制度を利用して,他の法定相続人が後から文句を言えない状況を作った上で判決がくだったので,さすがに金融機関も払戻しに応じていただけました。
この事案,結果として全額払戻しを受けられたから,「よかったよかった」となりますでしょうか。余計な印紙代,弁護士費用がかかりますし,時間も労力も奪われました。
遺言書の文言が,「所有『物』」とされておらず,単に「すべての財産」などと記載されていれば…。そう思わずにはいられない事件でした。

⑵ 不動産の登記名義の変更に関する紛争

この遺言書には,もう1つ問題がありました。
それは,奥様に「相続させる」ではなく「遺贈する」と記載されていた点です。
実は,自宅不動産の名義移転をするにあたって,これが大きな障害になってしまいました。
本件ですと,「相続させる」遺言では,奥様一人で登記の申請ができるのですが,「遺贈する」遺言の場合,法定相続人全員が登記の申請をする必要があるのです。
「相続させる」としていれば…。または,「遺贈する」としつつ,遺言執行者を奥様にしていれば…。奥様一人で登記申請ができ,トラブルになることもなかったのに,と悔やまれました。

やむを得ず,裁判所に遺言執行者の選任の申立てをし,格別の遺言執行者を選任していただくという処理を行いました。
当該遺言執行者に,遺言に基づいて,自宅不動産を奥様名義に変更してもらうという流れを採ったのです。結果,無事,遺言内容の実現ができました。

⑶ 経験から学ぶこと

いかがでしょうか。
何の変哲もなさそうな遺言書だったのに,このような紛争が起きてしまったのです。ご主人も,まさかこんなことになろうとは,思っていなかったに違いありません。
この経験を経て,私もいろいろなことを学びました。1番の教訓は,「遺言書作成は意外と難しい」ということです。これだけシンプルな遺言書でも,2つも落とし穴がありました。どこに落とし穴があるかわかりません。
願わくば,どんな方でも,遺言書をだれか専門家に見ていただきたいと思いますし,専門家の側も,落とし穴に気が付けるよう,研鑽を積んでいく必要があると思いました。
そして,専門家による遺言書の診断が,ある意味では気軽にできる社会を作っていかなければならないのだろうなと思います。
これは,専門家の側でも努力すべきことです。私も,地域のインフラとして役割を果たし,1つでも多くの「笑顔相続」を実現するため,引き続き力を尽くしていく所存です。

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